『な』の不思議

『な』 [na'] 日本語。
    人や自然との関わりを示す言葉に多く使われます。
    例)波(なみ),情け(なさけ),和やか(なごやか),仲良し(なかよし)

「言葉のラジオ」より『な』の不思議

学校で教えてくれない、社会でもあまり問題にしない、そういう言葉の話をしてみることにしよう。つまり細かいことは抜きで、言葉を楽しもうというわけだ。
というわけで、突然だが、「な」という言葉の話になる。「な」とは何か。

古来「な」には、四つの漢字が当てられた。名前の「名」、汝の「汝」、菜の「菜」、無いの「無」。大和の国では「な」というと、このような意味のライトがついたのだ。
「名」は事物や人の名称(ちなみに地震のことを昔は「なゐ」といったが「な」は土地、「ゐ」はそれがなんであるかを明らかにすること。地震とは、その土地がその国がどういうものであるかが明らかにされることなのである)。
「汝」は対等、あるいは目下の人を呼ぶ言葉。これらの「な」は相手があって成り立つもの。また「菜」は、本来、おかずのことで、粗末なの意味。「無」はあるかないか、つまり対象となるものを評価する言葉。結局この二つも、相手をどうみるか、ということなのである。
では、ひらがなの「な」たちの、働きはどうか。「言ふな」の「な」は禁止。「楽しくをあらな」の「な」は意志、勧誘。「花の色はうつりにけりな」の「な」は詠嘆。
この他に変わり者の「な」もあった。たとえば、「まなこ」は「目の子供」(瞳)のことだし、「みなもと」は「水のもと」。これらの「な」は、所有の「の」と同じ働きをするのである。
以上、ひらがなの場合は禁止、勧誘、詠嘆、所有。やはり「な」は、相手がいてこそ存在価値のあるもの、または、だからこそ自分のものにしたいもの、ということになる。
たとえば「なみ(波)」は、遠くからこちらへ行き来する。「泣く」も、物にふれて感情が呼び起こされること。「なか(中、仲)」「なごむ」「なぐさめる」「なぐる」「なげる」「なさけ」「なつかしい」「なつく」「なまめかしい」「なみだ」「なれなれしい」など、「な」が付くときは、相手との距離や関係が土台にあるとみて、まず間違いはなさそうである。
「なぐる」には、おもしろい話がある。近世では「なぐる」は男女の体のまじわり、性交のことだった。「ことを終えたあと、一発なぐっておくと、あとくされがない」という、男性本位のとんでもない理由からだが、これもまた歴史に浮かぶ「な」のお姿なのである。
こうして「な」の元素を徹底研究すると、ぼくの単純な頭でも、これだけの事実が明らかになる。同じように、「か」にも「し」にも、そして、その他すべての文字に、それぞれ固有のニュアンスがある。そうしたこまやかなところで、日本語は、ぼくらの今日と明日をつないでいくのだと思う。
ところで最近、男性は、ちょっとしたことを、女性に頼む場合に「なになにしてくれないかな」とか、「ありがたいんだけれどな」とか、「な」を添えるようになった。また逆に、男性が何か言うと、女性は「そうかな」と、「な」をやんわりと添えて、対話の内容を実質的にレベルアップしてくれる。
「な」の活躍は、めざましいのである。
男の子も、女の子も、自分の恋人以上に、「な」と仲良しなのかもしれない。
 
「言葉のラジオ」(著者 荒川洋治  発行 株式会社竹村出版)より
 注)文章内の文字の着色は、当HP制作者による。